2020-01-01から1年間の記事一覧
福岡縣護國神社 福岡縣護國神社(ふくおかけんごこくじんじゃ)は、福岡県福岡市中央区にある神社(護国神社)である。 明治維新から大東亜戦争/太平洋戦争までの国難に殉じた福岡県関係の戦没者約13万柱を祀る。祭神の柱数は護国神社では沖縄県護国神社に次…
SH-60J (航空機) SH-60Jは、海上自衛隊の哨戒ヘリコプター。シコルスキー・エアクラフトのSH-60Bの機体を三菱重工業がライセンス生産し、技術研究本部が開発したシステムを搭載したもので、海上自衛隊のヘリコプターとしては初のシステム機である。(wikiped…
えー皆さん、艦これイベントの進捗は如何でしょうか。 自分は現在、新艦掘りも無事に終わりましてE-3をコツコツ割ってるところでございます。甲でもヌルっと温い感じがベター(E-4見てから言え) 閑話休題、今日は毎年恒例になりつつあります「殉空の碑」の…
宮城縣護國神社 宮城縣護國神社(みやぎけんごこくじんじゃ)は、仙台市都心部の西にある青葉山の仙台城(青葉城)本丸跡に創建された神社(護国神社)である。明治維新以降の諸事変、戦役における宮城県関係あるいは縁故のある戦死・殉難者、5万6千余柱を祀…
永久平和乃鐘 泰盛山安養寺は仙台松音寺七世霊堂文徹、慶長十三年天神囲に開山す、文久二年現在地に移り、歴代住持連綿して現薫に至り三百八十年の歴史を保つ。 今於此鐘堂を新築し大梵鐘を鋳造し泰安するに因み、この勝縁の因縁を誌して後世に培はんと冀う…
山形県護国神社 山形県護国神社(やまがたけんごこくじんじゃ)は、山形県山形市にある神社(護国神社)である。明治維新から第二次世界大戦までの戦没者4万余柱を祀る。 明治2年(1869年)1月、戊辰戦争で戦死した薩摩藩士10柱を祀るために山形市八日町に社…
鶴岡護国神社 西南戦役戦死殉難者助川正敬外四十三柱、戊辰戦役戦死殉難者黒崎與助外二百六十二柱、日清戦役戦死殉難者和田東弥外百三十二柱、日露戦役戦死殉難者高橋四郎外三百八十八柱、日露戦役以後殉難者林大八外六十八柱、昭和戦役戦死殉難者中世古良一…
新潟縣護國神社 新潟縣護國神社(にいがたけんごこくじんじゃ)は、新潟県新潟市中央区にある神社(護国神社)である。 戊辰戦争から第二次世界大戦までの新潟県出身の戦死者を祀り、現在の祭神の数は79729柱となっている。 鳥羽・伏見の戦いから始まり、や…
大慈寺 一六〇四年に赤塚の大藪に大慈寺として創立。開基となったのは草分け庄屋石黒弾正右衛門茂晴で、開山は骨外芳徹大和尚(種月寺十三世)、撥僧は万震寿鉄大和尚(長岡藩主席家老稲垣平助の子息)。 (中略) 山門は、二階が鐘楼となって、その梵鐘は太…
曙 (吹雪型駆逐艦) 曙(あけぼの)は日本海軍の駆逐艦。吹雪型(特型)の18番艦(特II型の8番艦)である。この名を持つ日本海軍の艦船としては雷型駆逐艦「曙」に続いて2隻目。 「曙」は大阪市の藤永田造船所で建造された。1930年11月7日に進水、1931年7月31…
先日、こんなニュースを目にしました。 mainichi.jp 大分は結構行ってますが、旧陸軍墓地って行ったことないなぁ・・・と言うことで本日は「櫻ヶ丘聖地(旧陸軍墓地)」へ出かけて参りました! 天候は超晴天!寒さ対策で今冬初のヒートテックを引っ張り出し…
垂見峠砲台(湯川山砲兵陣地) 本土決戦に備え、宗像・遠賀間の四塚連山のうちの湯川山(ゆがわやま;標高471.4m)と孔大寺山(こだいしやま;標高499m)のあいだにある垂水峠の北西部、稜線より東のやや下った所に2基のコンクリート盤洞窟砲台が築かれた…
そろそろ寒さが本格的になってまいりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。 本日は天候も曇り&晴れと言うことで、午前中は道場で汗を流し、その後にダムで飯を食いつつ近所の魚雷を確認してまいりました!(魚雷に関しましては今回も『依代之譜』さんを…
野母崎遠見山電探基地跡 雲仙の電探が撤去された後、標高 259 メートルを山頂とする野母崎遠見山に新たに電探基地が設置された。もとは、江戸時代に外国船の来航を監視する遠見番所がおかれていた見晴らしの良い場所である。(長崎県 Ⅰ 戦争遺跡・遺構より)…
八天岳高射砲跡地 昭和 16 年(1941)頃に佐世保軍港防禦のために建設された高射砲台。佐世保市の最も北東部に位置する八天岳山頂にあり、中国大陸方面から進入する敵機の迎撃を企図したものと考えられる。3 年式 8 センチ高角砲 4 門を装備していたが、砲座は…
航空魚雷 航空魚雷(こうくうぎょらい、英: aerial torpedo)は、航空機(固定翼機やヘリコプター)から投下できるように設計された魚雷(海戦用の兵器)。第一次世界大戦で初めて使用され、第二次世界大戦で広範囲に使用された。現代では、対潜水艦用の航空…
平生町歴史民俗資料館 暖な気候で山海の幸に恵まれたこの地域は、縄文の時代から人が住んでいた形跡が残っています。その証拠に町内には縄文時代の遺物が数多く発見された岩田遺跡や、古墳時代のなごりとして神花山古墳・白鳥古墳などがあります。 歴史民俗…
回天 訓練基地 「回天」の訓練基地として山口県周南市(旧・徳山市)の徳山湾に浮かぶ大津島が知られている。大津島の一番南、元は別の島だったものの、400年くらい前につながってひとつの島になった馬島に、戦時中は、回天の組立工場とそれを海に下ろすため…
貞祥寺 貞祥寺(ていしょうじ)は、長野県佐久市前山の曹洞宗寺院である。山号は洞源山である。 室町時代の1521年に、前山城主伴野貞祥が父・光利の7周忌、祖父・光信の33周忌の追善供養のために、叔父である僧・節香徳忠を招いて建立し、永百貫文の寺領を寄…
栃木県護国神社 栃木県護国神社(栃木縣護國神社)(とちぎけんごこくじんじゃ)は、栃木県宇都宮市にある神社(護国神社)であり、境内には護国会館がある。 明治維新、日清戦争、日露戦争、大東亜戦争などの戦没者や警察、消防、自衛隊の殉職者などの旧宇…
志賀 (海防艦) 志賀(しが)は、大日本帝国海軍に所属した鵜来型海防艦の一艦である。戦後は海上保安庁のおじか型巡視船「こじま」となり、さらに千葉市の海洋公民館となった。第二次世界大戦に参加した大日本帝国海軍艦艇の最後の生き残り(現存唯一の旧海…
白金海軍墓地(白金海軍葬儀場) 東京都港区にあった海軍墓地。戦後は払い下げられ、明治学院大学白金キャンパスとなる。現在は旧海軍軍人白金墓地記念堂がある。(wikipediaより) 千葉縣護國神社 戊辰戦争から太平洋戦争に至るまで、国事に殉じた千葉県出…
馬門山海軍墓地 馬門山墓地は横須賀市根岸町の丘の上にあります。明治15年(1882年)に海軍省により、戦死もしくは殉職した軍人のために設けられました。戦後、横須賀市に移管されました。一部は市民墓地として利用されています。毎年5月には、地域団体等に…
海軍工作学校 海軍工作学校(かいぐんこうさくがっこう)は、大日本帝国海軍の工作術(船匠・鍛冶・溶接・潜水作業)、ダメージコントロール、築城術・設営術、航空機整備術の技官や職工を養成する教育機関(軍学校)である。海軍機関学校を卒業した機関科将…
旧海軍大社航空基地 ここは、太平洋戦争末期の昭和二十年(一九四五)三月から六月にかけて、旧簸川郡出西村地内の新川廃川地を中心に建設された旧海軍航空基地です。基地には滑走路のほか、誘導路、魚雷調整庫、爆弾格納庫など主要施設があり、今も山麓の谷…
五本松公園 標高約100~130mの小高い丘の上にあり、民謡「関乃五本松」の由来になった4本の松で有名。 一帯には約5,000本のツツジ(品種:淀川)が植えられており、県下で有数のツツジどころです。4月下旬から5月上旬が見頃。頂上の展望台か…
第6号潜水艇殉難之碑 第6潜水艇は明治39年、我が国で初めて建造された57トンの潜水艇であったが、明治43年4月15日、山口県岩国市新湊沖で訓練中、事故のため沈没した。佐久間艇長以下14人の乗組員は各自、最期まで持ち場を守り、従容として死を迎えた。特に…
北上 (軽巡洋艦) 北上(きたかみ)は、大日本帝国海軍の軽巡洋艦。球磨型の3番艦。その艦名は、岩手県・宮城県を流れる北上川より名づけられた。 (中略) 7月24日、第38任務部隊の空母6隻・艦載機200機が呉港を空襲した(第2回呉軍港空襲)。これにより北上…
陸軍運輸部 陸軍運輸部(りくぐんうんゆぶ)は、大日本帝国陸軍の機関の一つ。陸軍の船舶および鉄道輸送を担当した。(wikipediaより) 宇品陸軍糧秣支廠 宇品陸軍糧秣支廠(うじなりくぐんりょうまつししょう)は、かつて広島県安芸郡宇品(現広島市南区)…
報告その1、艦これイベント終了致しました・・・乙で! 相変わらず大規模イベントに弱いうちの鎮守府ですが、今回もE7-3ラストで大沼へ。燃料を7万程溶かして乙に撤退となりました orz しかしまぁ7万溶かしたのにボスに当てた特殊攻撃がわずか2回だけとい…