鶴岡護国神社
西南戦役戦死殉難者助川正敬外四十三柱、戊辰戦役戦死殉難者黒崎與助外二百六十二柱、日清戦役戦死殉難者和田東弥外百三十二柱、日露戦役戦死殉難者高橋四郎外三百八十八柱、日露戦役以後殉難者林大八外六十八柱、昭和戦役戦死殉難者中世古良一外七百四十八柱(山形県神社庁HPより)
石原莞爾
石原 莞爾(いしわら かんじ、1889年1月18日 (戸籍の上では17日)- 1949年8月15日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。栄典は正四位・勲一等・功三級、「世界最終戦論」など軍事思想家としても知られる。 関東軍作戦参謀として、板垣征四郎らとともに柳条湖事件・満州事変を起こした首謀者であるが、後に東條英機との対立から予備役に追いやられ、病気及び反東條の立場が寄与し戦犯指定を免れた。(wikipediaより)
新庄護国神社
旧新庄藩主戸澤正實公家臣の勲働を追憶し明治4年5月招魂場を設けられたが、その後招魂場は招魂社と改める事と布達されたので吉川町天満宮脇に社殿建立招魂社と改め大正4年吉川町より旧城址の現在地に遷座する。明治10年の戦没者を合祀。国に功ありたるものを合祀。昭和14年4月4日護国神社制公布により新荘護国神社と改称する。(戸澤神社・新庄護国神社HPより)
朝の3時半起床・4時出発で新潟を出た後は、結構な大雨の中を日本海に沿って北上します。
当然真っ暗なのですが、雪国特有の道路際ポールのお陰で見やすい道をひた走って上へ上へ。途中コンビニで休憩しましたが日本海なんて見えはしません orz
予定通りこの日の最初の目的地「鶴岡護国神社」へ2時間ちょいで到着…うぅ、まだ結構降ってやがる。
薄暗い境内には忠魂碑や「石原莞爾生誕之地碑」が建っております。雨の中傘もありませんが、大いに濡れながら手を合わせて慰霊の念を送ります。どうか安らかにお眠りください。
折角なので、お隣にあります「荘内神社」にもご挨拶。
コロナのお陰で使われなくなった手水舎に花を浮かべて趣のある生け花が作ってありました。これはよく考えてますなぁ(=゚ω゚)
上着に染みてきた雨水を気にしながらご挨拶しましたら、速攻で車に戻ってコーヒータイム。結構濡れましたので上着は脱いで次の場所へゴー!
寒い・・・ここは寒い・・・!
「新庄護国神社」に到着しましたがマジ寒い!雨も止んで夜も明けてきた時分なのですが、気温はめっさ寒いのです。濡れた上着ではマジで凍えそうなので、カバンからジャージを引っ張り出し上に羽織って突撃します。
狛犬に木枠がかぶせてあるのですが、これは雪対策ですかね。
扁額にあります「忠烈」の文字と、お隣にある慰霊碑に向かって手を合わせました。
折角ですので、こちらも隣にあります「戸澤神社」へご挨拶。
この日の交通安全を祈って、いざ後半戦へ!!