徳島教育航空群
徳島教育航空群(とくしまきょういくこうくうぐん、英称:Air Training Group Tokushima)とは、海上自衛隊の教育航空集団に属する教育航空群のひとつであり、主に計器飛行による操縦技術を操縦学生に修得させるための教育訓練を行っている。また、徳島空港の航空管制(飛行場管制)などの運用実務も担当している。部隊は徳島航空基地(徳島県板野郡松茂町)に所在しており、群司令は1等海佐(一)をもって充てられている。(wikipediaより)
徳島海軍航空隊
戦闘機専修搭乗員の教育を推進するため、実用機練習を推進した。しかし決戦体制に移行した1945年(昭和20年)3月以降は、特攻実施部隊となって沖縄戦に参加した。開戦直後からの南方侵攻作戦は順調に推移し、戦線の拡大にともなって航空隊の増設が急がれた。そこで1941年(昭和16年)に完成した徳島飛行場に練成航空隊を開き、戦闘機の実用機訓練隊として徳島空を開隊した。しかし1944年(昭和19年)に入ると、偵察専修生の初歩訓練部隊に改変され、やがて低速の白菊による特攻作戦に従事するようになる。白菊隊は高知海軍航空隊との連合隊で、沖縄戦後期に特攻作戦を実施した。(wikipediaより)
一回愛媛まで行きましたが、次の目的地はなんと徳島の端っこ。地図で見るとだいたいこんな感じでございます。阿呆じゃなかろうかワイ(=゚ω゚)

まぁこの後も笑えない予定が続くのですが。
閑話休題、そんなこんなで愛媛ー香川―徳島を横断しましたら、次の目的地はなんと「海上自衛隊 徳島教育航空群」(マジ)・・・イベント日ではないのですが、電話とメールで問い合わせた結果見学させていただけることに…本当にありがとうございます orz

時間10分前に到着。日陰で広報担当のひとを待ち、簡単な質疑応答の後に内部へ案内していただけることに。本当にありがとうございます!
バイクを降りて身だしなみを整えましたら、ご挨拶の後に奥の空港へ。


かなりの強風(帽子が飛ばされる)だったのですが「このくらい普通ですよHAHAHA!」との事。主に計器飛行を中心に午前と午後でみっちり飛行訓練を受けられるらしいです。風の中を飛び立つ訓練機を拝見しながら色々とお話を伺いました。
そして少し道を戻りまして、派手なプロペラが歓待してくれる「広報館」へ。









こちらでは徳島海上自衛隊としての歴史を学ぶことができます。訓練用のモックアップやエンジン等色々と垂涎の展示が(*''▽'') しっかりと説明を伺いながら見学しました。
後ろ髪を引かれながら次の場所へ。次の場所は…

こちらが「記念館」(写真撮影禁止)。先ほどの広報館とは違い、徳島海軍航空隊を中心とした展示があります。白菊特攻隊のお話っスね…
中には遺品や遺影、その他特攻隊の慰霊殿・殉職自衛官の慰霊殿等が祀られております。自分も是非にということで、手を合わせて慰霊の念を送らせていただきました。
中には出撃できなかった白菊隊の隊員が、近くの川辺で自刃したという話も。居た堪れない話ではありますが、これも歴史なので心に刻んだ次第です。
気を取り直しまして記念館となりにあります航空機もパチリ。



こんな感じで1時間弱程の見学をさせていただきました。徳島教育航空群の皆様、本当に本当にありがとうございました!!
この後、自刃した隊員の慰霊碑を30分程探したのですが見つからず、また来ることにして次の場所へ向かいます。
途中コンビニで昼飯を食べつつ割と判り辛い道を奥へと進みますが、ここかな?

先ずは最奥にあります「八幡宮」にご挨拶。結構複雑な参道を迷いながら戻ります。この途中に「富岡英霊奉賛館」がある筈なのですが・・・
これかな(◎_◎;)




想像していたものと一寸違ったのですが、お隣や道挟んだ奥に「忠魂碑」「傷痍の碑」がありますので多分これ…。名前とイメージあってないなぁとか感じながらも全部に手を合わせて慰霊の念を送りました。これかぁ……(^^;
そして海辺の道を南下。潮風を気持ちよく受けながら浜辺へ誘われます。




ここ「大浜海岸」はウミガメの産卵地ということで、近くに博物館や観光施設がある感じ。そっちは置いといて「日和佐八幡神社」へご挨拶。目的地は左後ろかな。



到着。ここが地域の英霊を祀りました「日和佐護国神社」でございます。日本を守ってくださってありがとうございましたと慰霊の念をお送りしました。
その他の末社にも手を合わせてご挨拶。波の音が心地良いなぁここ。

この後は我慢できずにノンアルコールビールを飲むなどしながら次の場所へ向かいます。ちなここまででまだ本日の道中3/5くらい(=゚ω゚)