電鐵原爆殉難者の碑
太平洋戦争末期 戦火は益々厳しく造船 兵器工場のある長崎の街は 戦時体制の中で、 大量に動員された通勤者や一般市民の輸送は最大の急務で 特に朝夕のラッシュ時の混雑は想像に絶するものでした。
この輸送に当った市内電車の運転士 車掌は交通戦士の名のもとに 男子 女子挺身隊学徒動員の一〇才台~二〇才台初めの人たちでした。
原子爆弾のさく裂により この人達は電車のハンドルを握ったまま 車掌カバンを抱いたまま 中にはいまだ十二才の少女車掌を含め一一〇余人の若い命が、多くの乗客と共に悲惨にもその犠牲になったのであります(碑文より)
今日は晴れって言ったじゃないですかヤダー!(心の叫び)
というわけで朝方降ってた雨に超悲鳴。皆様如何お過ごしでしょうか。
改めて調べた天気予報だと雨は昼前に上がるということで、少し予定を端折ることにはなりましたが久しぶりの長崎市方面へ行ってまいりました。

曇天ながら本日の相棒はCBR600RR。割と山奥の方へ行くので楽しい方が良いかなーとのチョイスでございます。
そんな感じで晴れてきた空を仰ぎながら長崎市内へ。以前仕事で居た時に色々と見て回ったのですが、今回は見覚えのない慰霊碑をXにて見かけたのでお伺いした次第です。





こちらが電車の運用中に原爆の被害にあった人達の「電鐵原爆殉難者追悼碑」です。若くは一二才とか小学生やん…立派に働いてたんだなぁ…手を合わせてどうか安らかにと祈りました。
このまま南へぐんぐん降りて行きます。太陽が照ってきてなんか暑いくらい。どんな天気やねん(=゚ω゚)
海辺をゆっくり走りまして割と何度も来た事のある丁字路へ。普段行く左ではなく右へ向かいます。


ここは詳しい場所が不明でして、バイクを置いて周囲をグルグル探します。道沿いには無し、上の学校にも無し、海辺にも無し・・・む、ここか?


道沿いにあった大き目の墓地をグルっと周りますと、裏の小山に続く階段を発見!
階段の上に目的の場所がありました。



ここが地域の英霊を祀った「忠魂社」です。忠魂碑の裏に本殿もありますので間違いないっぽい。手を合わせ、日本を守ってくださってありがとうございましたと祈りを捧げました。
そして上着を一枚脱ぎまして(汗かいた)、そこからまた10分ほど細い道を進みます。この辺どこが敷地でどこが道か判り辛い orz





というわけで「樺島熊野神社」へ到着。何はともあれ本殿へご挨拶…なんかパゥア系のつっかえ棒が印象的ですが、とりま手を合わせます。
境内にある末社にも向かいますが、塩ビパイプとコンクリで作られた鳥居がチョット良い感じ。あったけぇぜ(=゚ω゚)
目的地は敷地に入ってすぐ右手に。



こちらも地域の英霊を祀った「英霊之碑」です。土台部分は納骨室になっているらしく、多分中には遺骨が納められているかと。手を合わせてどうか日本を御見守りくださいと祈りました。
というわけで本日の目的地はこんな感じ。長崎市の割と端っこまで来ましたので、折角なので最奥まで向かいます。





素晴らしい景観ですが、かなり最奥な上に道も離合できないくらい狭く、しかも一部立入禁止になっているにも関わらずちらほら人が(^^; ここって有名スポットなのか知らん。

帰り道でびわソフトを食べながら帰還しました。
今回は食べても冷えなかったっていうか暑かった模様。