伊勢(戦艦)
伊勢(いせ)は、日本海軍の戦艦で、伊勢型戦艦の1番艦である。当初は扶桑型戦艦の3番艦として建造が予定されていたが、扶桑型に砲力や防御力、運用面等で問題点が生じたため再設計が行われ、準同型艦の伊勢型の一番艦として建造された。
(中略)
終戦後、伊勢は引き揚げられて一時期住宅として利用された後、解体されスクラップとなった。解体は1946年10月1日から11月28日にかけて、上部構造物の撤去が行われ、艦体は1950年から1951年にかけて引き揚げ・解体された。(wikipediaより)
日向(戦艦)
日向(ひゅうが、命名時のかな艦名表記はひうか)は、大日本帝国海軍の戦艦。伊勢型戦艦の2番艦。太平洋戦争中盤、航空戦艦に改造されたが、「航空戦艦」という呼称は便宜上のものであり、正式な艦籍は戦艦のままであった。
(中略)
戦後の1947年(昭和22年)7月、日向の解体が完了して艦歴を閉じた。なお、情島で着底した日向の様子を戦後にアメリカ軍が撮影したカラー映像が残っており、今日でもその被害の凄まじさを観察することができる。日向に装備されていた航海灯と軍艦旗が広島県呉市の大和ミュージアムに所蔵されている。(wikipediaより)
コンクリート船
コンクリート船(英語:Concrete ship)とは、船体を鉄筋コンクリートで建造された船舶。一般的な鋼鉄や木材製船体に比べ、建造に関し建設費用が掛かり、コンクリート(フェロセメント)の性質上、建造に手間が掛かる点や、重量(質量)も増えることから操船性能や燃費が悪く、運用コスト面で不利となるなど多くの欠点を抱えるが、材料が安価で容易に調達できることから積荷を載せて曳航するバージとして19世紀からヨーロッパで使用されていた。
(中略)
陽射しの増した呉市内を抜けて江田島へ。見覚えのある道を抜けて海風を受けつつ走ります。嗚呼ツーリングの醍醐味也(●´ω`●)
そんな感じで次の目標「坪井漁港」に到着です。
先ずは左手にあります自治会館の敷地内へ・・・あった!



こちらが「旧戦艦伊勢日向 浮揚解撤記念碑」です。
呉湾で最後まで戦った戦艦達を引き揚げた記念碑…手を合わせて慰霊と感謝の念を送ります。お隣の観音様にもお礼の念を送らせていただきました。
そしてここからすぐ右前にあります小さな漁港。こちらに次の目標が。


こちらが坪井漁港にて戦後防波堤として使われております「コンクリート船(名称不明)」です!スゴイ!船ってキチンと判る!!
以前笠戸島で拝見したのは原型保ってなかったもんなぁ…(=゚ω゚)
ちょい前までは上にも上れたようですが、現在は柵がありましたので近くから写真をいただきます。



取り壊される前にお伺いできて良かったっス。
そして更に奥地へ向かう途中、道中で「音戸町戦没者慰霊碑こちら」という看板を発見。反射的にバイクをそちらに向けて山を登ります。相変わらずですね。
5分ほど山道を辿りますと…



かなり立派な慰霊碑なのですが、こちらが音戸町出身の戦歿者821柱を祀りました「音戸町戦没者慰霊碑」です。由来を読むに地元の名士が私財を投じて設立したという…素晴らしい理念に胸を打たれつつ、ご焼香と慰霊の念を送らせていただきました。
この後は近所のコンビニでエネルギーと水分を補給して江田島奥地へ向かいます。

このコンビニ、前に来た時も握り飯食った記憶(=゚ω゚)