広瀬武夫
広瀬 武夫(ひろせ たけお、旧字体:廣瀨武夫、1868年7月16日(慶応4年5月27日) - 1904年(明治37年)3月27日)は、日本の海軍軍人、柔道家。日露戦争でのエピソード(後述)で知られており、特に戦前は軍神として神格化された。兄の勝比古も海軍軍人である。(wikipediaより)
えー、晩夏旅行の熱も冷めやらぬままの大分行でございます。
天気予報によると九州全域で晴れ!これはツーリングに行くしか!!と言うわけで思い立ちまして、本来なら佐賀関まで行こうと思っていたのですが時間の関係上大分へ行くことと相成りました。
今回は以前「広瀬神社」や記念館でお伺いしました「広瀬中佐」関連の慰霊碑です。
とりあえずジャケットだけ秋用に変え、概ね先々週の旅行の格好で出かけたのですが…
気象庁「今日は晴れると言ったな。あれは嘘だ」
えー今回も騙されたわけですが超寒い。なんか肌寒いとかそういうレベルでなく普通に寒いっス。今回は阿蘇のくじゅう高原を抜けて行くルートだったのですが気温12℃と言う・・・これは風邪どころじゃないっス orz
たまらずに途中で見かけたホームセンターにて今季初のホッカイロを購入。上半身に6枚・下半身に4枚貼って急場をしのぎます。グローブも冬用にすべきだったなぁ。
昼過ぎに竹田にたどり着きましたので、これまた前回に味をしめました「天神丸福」にて丸福定食をいただきます。揚物もですが味噌汁の温かさが身に超染みるっス。
一息ついたところですぐ近くにあります「広瀬中佐墓碑」へ。
入口の家で庭仕事をしてらっしゃったお母様方にご挨拶しながら階段を登ります。
ふもとの野球場では少年野球の元気な声が聞こえてきます。
そして到着。
東京の青山墓地にも墓碑はあるそうですが、此方はこちらでご焼香して手を合わせ、慰霊の念を送ります。周囲は多少荒れていてあまり人は来ていない模様…少し清掃して再度手を合わせました。
そしてそこから100m程歩いた場所へ。
戦争で実際の生家は焼けてしまったそうですが記念碑だけが残されている模様。こちらにも手を合わさせていただきました。
天候回復の見込みも無いようでしたので、この日はこれで福岡へ戻ります。
帰り道のくじゅう高原は気温10度…ホッカイロ貼っても超超寒い…