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休艦日その443 三度目の飯塚市歴史資料館(福岡県飯塚市) ———— 2024年 8月15日

戦艦「金剛」軍艦旗

旧日本海軍で使用された軍艦旗旭日旗と呼ばれ、白地の旗面中心よりやや竿側に日章(日の丸)を配し、日章から十六条の光線が放射状に伸びたデザインとなっています。日本海軍の艦艇には、通常、艦首に日章旗(国旗)、艦尾に旭日旗軍艦旗)が掲揚されていました。戦艦「金剛」の軍艦旗は縦1.28m、横2mあります。
金剛は太平洋戦争で活躍した旧日本海軍の軍艦です。大正2年(1913)にイギリスで建造された金剛は、最後の外国製戦艦でした(同型艦三隻は日本製)。二度の改造を経て、金剛型戦艦(金剛、比叡、榛名、霧島)は、日本の戦艦中で最速を誇る高速戦艦になり、太平洋戦争中は数多くの海戦に参加しました。
昭和19年(1944)11月、金剛は日本全土に向けて航行中、アメリカ潜水艦の魚雷攻撃を受け、台湾沖で沈没しました。この時、約1600人の乗組員のうち1300人余りが艦と共に沈んだといわれています。
当時、金剛の乗組員であった田川吉郎さん(故人、飯塚市出身)は、金剛が沈没するとき、軍艦旗を体に巻き付けて脱出し、泳いでいるところを中国軍に捕らえられ捕虜となりました。田川さんが釈放されて台湾から帰国後、しばらくして旗も返還されました。
その後、この軍艦旗は、田川さんの依頼により、嘉飯地区の海軍OBで結成された「黒潮会」で保管されていましたが、田川さんのご遺族のご厚意により、飯塚市歴史資料館に寄贈されました。(説明書きより)

 

 

盆も仕事中。暑い日が続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

自分は月末に休みを取るためお盆も仕事をしているのですが、本日午前中のキャンセルが相次ぎ午後まで暇に・・・ならば飯塚歴史資料館にあります戦艦「金剛」の軍艦旗(夏のみ展示)でも見に行こうかと思った次第です。

 

この記事以外にも何度か見に行ってはいるのですが、飯塚市歴史資料館は館内撮影禁止がデフォなのでツイッターで報告するだけなのも多く、今回もそんな感じかなーと来訪します。

 

 

あっつい陽の下を普段乗りの原付で1時間程。「飯塚市歴史資料館」に到着です。

 

今回の目的は「戦争とわたしたちのくらし展」。毎年この時期に戦争関連の企画展示をおこなっており、その流れで金剛の軍艦旗が展示されています。

 

 

窓口で挨拶しながらJAFの会員証(ちょい安くなる)を提示しつつ「館内写真撮影禁止でしたよね?」と確認。すると「いえ、一部以外大丈夫ですよ!」と窓口に貼ってあるシールを指さして・・・

「いいんですか?!」と思わず聞き返してしまいましたが、鞄に仕舞ってあったデジカメをいそいそと取り出して館内へ突入です!

 

 

他の特別展示も気になるのですが、落ち着かないので先に目的のブツを確認します。いつもと同じ場所にあるかな…あった!

 

 

 

 

今年もいつもの場所に軍艦旗はありました。

一応確認のために周囲をグルグル回って撮影禁止の表示が無いか確認します・・・うん、ないな!先ずは手を合わせて慰霊の念を送り、その後写真を撮りまくりました。

ツイッターで言われて気付いたのですが、赤白の生地は別で縫い合わせてある…こんな構造だったのか(=゚ω゚)

 

 

感慨深い姿に今年も心打たれたら、周囲の展示も見学していきます。

 

 

 

 

 

生活に関連した展示物が並んでおり興味深いっス。

奥に展示してあった惣門秀男氏(故人・飯塚出身)の回顧録が面白くてずって読んでおりました。尻バット食らう方も振るう方も色々あったんですなぁ。

 

 

せっかくなので戦争展示の手前にあった化石の展示も拝見。写真撮影禁止な場所にはでっかく表示がしてあるのを確認し、安心して見学します。

 

 

なんかほっこりする展示で超楽しめました。

 

 

この後は通常展示も一通り拝見し、そのまま仕事に戻りました。平日に暢気だなワイ(=゚ω゚)

通常展示にあった紙芝居。

なんか不死身の杉元っぽくてイカス(*''▽'')