艦これ御朱印帳

艦内神社の御朱印を集める

休艦日その121 歩兵第23旅団司令部跡・第21海軍航空廠工員養成所門跡・慰霊塔公園(長崎県大村市) ———— 2019年 1月3日

旅団

旅団(りょだん、Brigade)は、陸軍編成上の単位のひとつで、師団よりも小さく、連隊と同等又はこれよりも大きい単位で、1,500名から6,000名程度の兵員によって構成される部隊をいう。

大日本帝国陸軍では、鎮台時代から戦時には鎮台から旅団を臨時編成して戦地に派遣していた。西南戦争など後に師団制が採られるに至り、旅団は師団内旅団タイプとして位置づけられるに至った。この旅団は主に師団に属する歩兵旅団が主流で大半を占める。(wikipediaより)

旅第21海軍航空廠行員養成所

昭和16年(1941)の第21海軍航空廠の設置に伴い、昭和18年(1943)、佐世保海軍工廠工員養成所航空機部が移転し開設している。見習科、専科、補修科があり、航空技師の要請を行った。現在は養成所の正門のみが残り、市立西大村中学校の校門となっている。また、校内に工員養成所跡の記念碑が建っている。(Ⅰ 戦争遺跡・遺構 - 長崎県より)

慰霊塔公

昭和19年10月25日の大空襲の犠牲者を奉っています。

防空壕を利用して建てられた慰霊塔では、毎年10月25日、第21海軍航空廠殉職者慰霊塔奉賛会の主催により、全国各地から遺族や同僚が参列し、慰霊祭が行われています。(大村観光ナビより)

 

 

正月三が日もあっという間・・・明日から仕事ですね(^^;

艦これイベントはとりあえず現在ボスを削り中で、あと1~2回行ければラストに入れる模様。しかし潜水はきつすぎねぇかこれ…。

 

 

閑話休題、今日は晴天!と言うことで、昨日に引き続き長崎は大村にあります戦争遺構を見学して参りました。

諫早に比べれば行きやすくはあるんですが、やはり山間部は寒いので電熱装備での出撃です。日中は暑そうな気配もするんですけど。

 

 

先ずは大村ICからほど近い場所にあります「光と緑の園」の入り口へ向かいます。陸自駐屯地の裏にある施設なんですが、何故かここの裏門が歩兵第23旅団司令部の門を保存流用しているとの事なのです。

f:id:Yagyu8bei:20190103120500j:plain

f:id:Yagyu8bei:20190103120509j:plain f:id:Yagyu8bei:20190103120519j:plain

f:id:Yagyu8bei:20190103120603j:plain f:id:Yagyu8bei:20190103120645j:plain

f:id:Yagyu8bei:20190103120536j:plain f:id:Yagyu8bei:20190103120710j:plain

抜けるような青空の下、90分ほどで楽しく到着。

かなり古い煉瓦塀を 超ぞんざいに コンクリで補強してあります。記念碑もあるのですからもうちょっと綺麗にしてくれたらなぁ…。

一通り写真を撮りましたら次へ向かいます。

 

 

次の場所はここからバイクで3分程。

f:id:Yagyu8bei:20190103121342j:plain

f:id:Yagyu8bei:20190103121354j:plain f:id:Yagyu8bei:20190103121429j:plain

f:id:Yagyu8bei:20190103121445j:plain

今度は「市立西大村中学校」の正門で御座います。こちらは第21海軍航空廠工員養成所の門柱との事。門を流用するの流行ってんのかな・・・しかしまぁ立派な門柱で御座います。

本当は中にも記念碑があるらしいのですが、このご時世にカメラ片手のおっさんが中学校に入るのは躊躇われたために中には入りませんでした。

 

 

そしてここから更にバイクで5分ほど。

f:id:Yagyu8bei:20190103122448j:plain

f:id:Yagyu8bei:20190103122913j:plain f:id:Yagyu8bei:20190103122506j:plain

f:id:Yagyu8bei:20190103122638j:plain

f:id:Yagyu8bei:20190103122839j:plain f:id:Yagyu8bei:20190103122828j:plain

大きな道を挟んで住宅街にあります防空壕上の塔、それが慰霊塔公園です。

入り口から正面の階段を登って手を合わせていたところ、裏に続く道をみつてけ突入するにお祈りしてた場所が裏側だった事が判明。いやまぁどっちからでも何度でもお祈りすればいいだけなんですけど、なんか気まずかったッス(^^;改めて正面から慰霊の念を送りました。

 

写真が多いので明日へ続く。