濃飛護國神社
濃飛護國神社(のうひごこくじんじゃ)は、岐阜県大垣市にある神社(護国神社)。
大垣城址(大垣公園)に鎮座する。岐阜県(主として西濃・飛騨地方)出身の戦没者1万8900余柱を祀る。(wikipediaより)
滋賀縣護國神社
滋賀縣護國神社(しがけんごこくじんじゃ)は、滋賀県彦根市の彦根城址にある神社(護国神社)である。戊辰戦争から第二次世界大戦までの滋賀県関係の戦歿者3万4千余柱を祀る。
1869年(明治2年)、彦根の大洞龍潭寺に戊辰戦争で戦死した彦根藩士26人の霊を祀る招魂碑が建てられた。1875年(明治8年)、元彦根藩主井伊直憲の主唱により招魂碑を神社に改造する旨の政府の通達が出され、招魂碑を現在地に移し、翌1876年(明治9年)、同地に社殿を造営・鎮座した。
1939年(昭和14年)に内務大臣指定護国神社として「滋賀県護國神社」に改称した。第二次大戦後の占領期は「沙々那美神社」と改称していたが、日本が主権を回復した1953年(昭和28年)に元の社名に復した。(wikipediaより)
山岳部から平野部にうつりまして気温もだいぶ上がってまいりました。そんな感じで濃飛護國神社へ到着です。
なんつーか超普通の公園でして、中は子どもたちが噴水で涼しそうに遊んでる姿がちらほら・・・本当にここだよな?
右奥にて本殿を発見。とりま参拝させていただきます。ここだけ切り取ったように人がいませんので、周囲の慰霊碑もゆっくりと参拝できました。
どうか安らかにお眠り下さい。
そしてそこから1時間程、今度は滋賀県に突入しまして「滋賀縣護國神社」へ到着です。ここまで天候も回復したっぽく、雨は全然大丈夫です。
ただ此方も城跡にある神社なので入りづらい(^^; 結構入り口を探して右往左往しました。
周囲の慰霊碑や本殿横の小さな社も参拝しましたが、どこにもこれが何かが書いてありませんでした。古い招魂社跡かな?
奥にありました英霊顕彰館(遺影館)と入り口近くにあった母の像、父の像に別れを告げて次へ進みます。