広瀬武夫
広瀬 武夫(ひろせ たけお、旧字体: 廣瀨武夫、1868年7月16日(慶応4年5月27日) - 1904年(明治37年)3月27日)は、日本の海軍軍人。日露戦争でのエピソードで知られており、特に戦前は「軍神」として神格化された。(wikipediaより)
朝日 (戦艦)
軍艦(ぐんかん)朝日(あさひ)は、日本海軍の戦艦で、日露戦争時代の主力艦。敷島型戦艦の2番艦である。イギリスで建造され、1900年(明治33年)7月末に竣工した]。 日露戦争における海上戦闘(黄海海戦、日本海海戦等)では、主力艦として参加する]。 なお旅順港閉塞作戦で戦死した広瀬武夫少佐は、朝日の水雷長であった。(wikipediaより)
阿南惟幾
阿南 惟幾(あなみ これちか、1887年(明治20年)2月21日 - 1945年(昭和20年)8月15日)は、日本の陸軍軍人。陸軍大将勲一等功三級。
1945年(昭和20年)4月に鈴木貫太郎内閣の陸軍大臣に就任した。太平洋戦争(大東亜戦争)末期に降伏への賛否を巡り混乱する政府において本土決戦への戦争継続を主張したが、昭和天皇の聖断によるポツダム宣言受諾が決定され、同年8月15日に割腹自決。
先日の続きでございます。
満を持して記念館へ・・・の前に、記念館の下にありますコレを見学します。
戦艦朝日のカッター(詳細不明)
三笠と同クラスの戦艦だったらしくカッターも結構でかいッス。
そしてその手前には…
えー比叡のマストです。
老朽化で部品だけを保存展示してるらしいのですが、これってかなり貴重なものでは(^^;ぞんざいに放置されてるんですが…。
奥には比叡の絵と九〇水偵のプロペラも展示してありました。
そんな感じで一通り拝見した後は、上にあります記念館(入場料200円)に突入です!
入口でスリッパに履き替えて中へ・・・誰もいない上に写真撮影禁止の文言がないのでとりあえず撮影。結構色々あるッス。
小粒ながら広瀬武夫氏の人柄を中心に紹介する展示のようで、軍人としてよりも文人としての広瀬氏がよく解る気がします。
そして最後の鉛筆画はまさかの菅野泰紀氏!まさかこんなところで氏の作品にお会いすることになるとは思いませんでした。
あと阿南惟幾大将のコーナーがちっさい…まぁ戦争継続云々で色々と言われてる人ですからねぇ(ーー;
30分程拝見して後にします。
出て左奥には城下を見下ろす高台が、右奥には阿南大将の顕彰碑がありました。
どんな形であれ死すれば英霊。心からの慰霊の念を送ります。どうか安らかにお眠りください。
思ったよりも晴れずに寒い大分行となりましたが、冬のショートツーリングとしてはちょうど良い感じの道行きでした。
帰りに寄った「から揚げ一筋50年」の天神丸福で食べた丸福定食¥1,080。こいつのお蔭で夕飯も入らないくらい腹一杯になりましたぜ超美味かったッス。