予科練留魂の碑
大東亜戦争の劈頭ハワイ・マレー沖海戦に航空主兵時代の到来を実証した。
帝國海軍は弥々航空兵力の増強充実に力め国内各地に続々練習航空隊が開設せられた 人吉海軍航空隊は其の一つ 昭和十九年二月 球磨郡木上村川辺 球磨の清流に裾を洗わはるる高ン原の大地に開隊 第十八連合航空隊に属し 全国の猛烈なる志願者より選抜採用された飛行予科練習生に整備教育を施し 二十年七月解隊迄に凡そ六千の航空要員を実施部隊に送り出した。
顧れば此の一年半の当隊の活動は戦時の速成教育から九州各基地への防衛協力 戦備強化作業の推進 更に教育中止後は佐世保鎮守府麾下第二十二連合航空隊に編入せられて 九州各地区の防備に任ずる等 当時の戦局の推移をそのままに反映したものであり 其の執れにも目覚しい成果を挙げたが 終戦と共に其の施設は今僅かに遺る滑走路の他は跡形もなく消え去った。
隊員の当時の真剣な意気込は青春の総てであり 山紫水明の風土 純朴なる人情と共に今も忘れ得ざる所 戦後転じて祖国復興の担ひ手となり苦難の道を歩いて二十六年 今繁栄日本を見る往年ここに学びし予科練有志 人吉会を結成し相謀って此の地に記念碑を建つ 曾て此処に培われし敢闘精神を平和の戦士として倍々祖国の進展に活かさんことを期して也
昭和四十六年八月 元人吉海軍航空隊司令 田中千春撰
(碑文より)
皆様、寒い中お元気でいらっしゃるでしょうか。
最近ローソンでのコラボで艦これゼリーが発売・・・まぁ毎回買っているんですが、仕事場の冷蔵庫がプロテインと酒とゼリーのみという漢らしさ溢れる仕様になっております。
左からミックス・オレンジ・グレープ・じじ。筋トレ前の栄養補給に最適だったり。
閑話休題、今日は気温10度という予報ながら「とりあえず天気良いし行けるんじゃない?」との いつもの 気概で熊本へ行ってきました。
さすがに山中は電熱ジャケットあっても鼻水が止まらないレベルの寒さ…市内に入れば暑いくらいだったんですが、行き帰りがこれってのは毎回きついッス(^^;
何はともあれ相良護国神社へ。超混んでるんですが今日はマラソン大会ッスかそうッスか・・・迷惑にならない場所にバイクを横付けし、神社へ詣でます。
堤の下からマラソン大会の実況が絶え間なく聞こえてきて賑やかです。それは良いんですが境内にペグ打ってテント立てるのはやめて差し上げなさい。バチ当たるで
まずは本殿に参拝していつものお願いをば。
右側に登り口があり忠霊塔へ続いてるようなので、展望台を含めて一気に登ってしまいます。上からは球磨川周辺が一望できるナイスビューポイント。
境内でジロジロみられつつ「秋月会」の標柱を探しますが見つからない…奉納されたという絵も確認するために、社務所にいらっしゃったお婆様に伺いました。
奉納絵は奥の遺族会館に飾ってあるようですぐに拝見できました。
写真撮影をお願いしたところ「前に里宮神社の戦艦球磨の人も写真撮りに来らさったよ」との事。思わぬところで思わぬ方のお話が(笑)
ただ標柱に関してはお婆様もご存じない…以前の写真の場所にありませんでしたし、裏にそれっぽい白柱も放置してあったので、もしかしたら朽ちてしまったのかもしれません。
色々とお話をしていただけまして本当にありがとうございました。
そんな感じで相良護国神社を後に、望岳苑へ向かいます。
神社にバイク置いたまま歩いていけるかなーと軽い感じで向かったのですが・・・
えーそれなりの距離と坂をそれなりに歩かされる模様。多分に汗をかきながら階段を登ります。
手前の方に慰霊碑、奥は長い間誰も入っていないのか、完全に枯れた藤棚と廃墟になった公衆トイレが。
寂しく静かな場所ですが出来るだけ真摯に手を合わせました。どうか安らかにお眠りください。
写真が多かったので次回に続く。
次の場所では衝撃の出会いが!(違