壱岐要塞
壱岐要塞(いきようさい)とは、対馬要塞と共に対馬海峡の防備のため設置された大日本帝国陸軍の要塞である。(wikipediaより)
御崎砲台
対馬海峡の防備のため、旧日本陸軍により設置された『壱岐要塞』の一角をなす砲台。
昭和 12 年(1937)に着工し昭和 13 年(1938)に竣工となり、15cm砲が二門配置された。壱岐島の黒崎砲台の 41cm砲や的山大島砲台の 30cm砲とともに、壱岐水道等に来襲した敵の軍艦を迎え撃つこととなっていたようである。
現在も見張所跡や倉庫跡は残っており、西海国立公園 生月島自然歩道から立ち寄ることができるが、経年により埋没しているものもある。(長崎県 Ⅰ 戦争遺跡・遺構より)
白岳砲台
旧日本海軍佐世保鎮守府により設置されたと思われる砲台跡。アジア歴史資料センターにおける資料において『白獄見張所』としての記述はあるが、砲台としての記述を確認することはできない。
砲台が置かれていたと思われる場所は、現在公園となっているが、周囲には、高射砲の弾薬庫であったと思われる石垣が残されている。
現在は白岳砲台跡公園として整備されており、生月島や的山大島などを見渡すことができる。(長崎県 Ⅰ 戦争遺跡・遺構より)
忙しい11月継続中・・・皆様いかがお過ごしでいらっしゃいますでしょうか。
今日は久しぶりの休日(マジです)と言うことで、九州の西の端っこであります生月島の砲台跡地を見てまいりました。
本日は曇天ながら良い日和ということで、冬装備のプレ使用を兼ねての中距離ツーリング、米帝製の電熱ジャケットを引っ張り出しての出動です。
ちなみにこの電熱ジャケット、スイッチがONとOFFの2種類だけと言う漢仕様。温度調節機能なんてついておりませんが、丈夫さと単純さだけなら信用に足りるシロモノです。
そして3時間ほどかけて九州のはじっこに到着。
釣り客の車が右側に沢山駐車してありますが、自分だけは海岸とは違う方向へ向かう様子。海岸に降りる道はあっても砲台に続く道が見当たりません…。
バイク用のナビスマホをかばんから引っ張り出して場所確認。
えー、方向はこの草叢の先なのですがマジっすか。
今回も覚悟を決めて突っ込みます。
普通にイバラなんかも混じってる草叢を抜けると歩道に出ましたので、そこからナビを見ながら砲台へ向かいます。途中で案内板もあるので間違ってないぽ。
当然ながら物音は風の抜ける音と自分の足音のみです。
途中で人工物と砲台跡への道標を発見。指示された方向へ向かいます・・・あった!
思ったより小さい感じがしますがとりあえず突入!
中は思った以上に広い・・・
左手には弾薬室、右手には展望台へ登る階段が作ってありましたが、2階にあります展望室へは入れない模様。とりあえず突き抜けて向こう側から上へ登ってみます。
入り口からは想像もできないほどの素晴らしい遺跡です・・・。
佐世保で見ました見張り施設と同じような作りですが、規模は今までより大きい感じ。
向こう側にありそうな2階入り口を探して突っ込みます。ここか!ここかな!!
かなり美麗に残っております砲台跡を時間をかけて堪能します。
素晴らしいなぁ。
外には貯水槽や石垣で作った道が残っていました。
1時間ほど探索しましたら次の場所へ。嗚呼素晴らしかった。
次の場所はここから1時間程にあります「白岳砲台跡地」です。
こちらは公園として整備されているようなので、ナビで安心して向かいます。
見晴らしの良い丘の周囲を石垣で固め、その窪んだ中央に砲台があったのでしょうか。
現在は海上自衛隊の無線中継基地が同敷地内にありました。
こんな感じで久しぶりの休日をバイクと過ごした1日でした。