高木惣吉
高木 惣吉(たかぎ そうきち、1893年(明治26年)8月9日 - 1979年(昭和54年)7月27日)は、日本の海軍軍人。海兵43期、海大25期首席。最終階級は海軍少将。東久邇宮内閣の内閣副書記官長を務めた。
旧制中学校への進学が叶わない貧しい家に生まれ、働きながら独学で海軍兵学校への入校を果たし、海軍大学校を首席で卒業する。健康に恵まれず、海上勤務は少なかったが、軍政方面で活躍。海軍部外に幅広い人脈を有し、ブレーントラストを組織した。太平洋戦争の戦局悪化に伴い首相・東條英機の暗殺計画を立案したが決行直前に東條内閣が瓦解し未遂に終わる。その後は米内光政、井上成美の密命により終戦工作に従事。各方面と連携をとりながらの終戦への基盤づくりを行った功績は大きいとされる。
高木惣吉記念館
第二次世界大戦時、密命を受け終戦工作(戦争を早期に終わらせるための工作)に身を呈した、人吉出身の高木惣吉の遺品等を展示した記念館。
「本当の豊かさとは?」「平和とは?」を考えさせられる資料の数々が展示されています。■館長 川越郁子
■開館日:土日11:00~16:00(臨時休館日もありますので、事前にお電話でご確認ください)(桃李温泉 季の社 石庭HPより)
台風一過にて晴天になりそうな休日、皆様いかがお過ごしでしょうか。
自分は折角なので、以前行き損ねていた「高木惣吉記念館」と、最近Twitterで噂の「軽巡洋艦球磨記念館」へ出かけてまいりました!
以前の記録を見るに死ぬほど暑くなりそうな気配なので、今日は超真夏装備。アンダーアーマーに薄手のシャツとメッシュのバイクジャケットで向かいました。
・・・肌寒い。
と思ったら途中から晴れて死ぬほど暑い陽射しに。これは真夏装備で正解ですわ。
それは兎も角、人吉の「高木惣吉記念館」へ到着です。
えー、最初に本気で謝罪致します。ノーアポで行ってしまい本当に申し訳ありませんでしたッ!!(土下座)
公式HPがあるとは知らず、場所だけ確認した上で向かってしまったので館長の川越様にはとてもご迷惑をかけてしまいました。本当に申し訳ないです。
それなのに非常に丁寧に対応・解説していただきまして本当にありがとうございました。
皆さんが伺う時は必ずアポイントメントを取りましょう。マジです。連絡先は上記のHPに詳しくあります。
それなのに今日は長い時間詳しく説明して頂き本当に勉強になりました。膨大な資料を館長自らが整理されているとのことで、かゆいところに手が届く解説が素晴らしかったです。
今度は福岡土産を持ってお伺いさせて頂きます。
本当にありがとうございました。
そんな感じで昼飯を途中の美味そうなラーメン屋で所望した後は「市房山神宮里宮神社」へ参ります。結構遠い神社なのに3度目か…いえ、良い場所なのですよ?
噂のくまのぼり発見。
奥には以前にも増してパワーアップした球磨関係のアレが…!!
慰霊の塔に手を合わせて慰霊の祈りをば。
そして満を持しての内部突入です!
入り口には「時鐘」が吊るしてあります。
そして入り口すぐの左側にはヒモが…これを引っ張ると全部の電気が着いて、解説DVDが自動的に再生されますとのこと。ハイテクッスなぁ(多分違
解説DVDを20分ほど拝見しまして、次は展示物へ向かいます。
とても丁寧にまとめていらっしゃいましたので、時間を忘れて拝見しました。
知ってるようで知らなかった事も結構ある様子。
そして左側。こちらは写真や関連資料が展示してありました。
件のラッパはマウスピースが付属してましたので、多分トランペットと同じ吹き方で音が出るっぽい。
今度またお伺いすることを心に誓い、この日はお暇しました。